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GETTはこんな会社です。

コンサルタントからのごあいさつ


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はじめまして! コンサルタントの木村祉晶(ちあき)です。

私の留学コンサルタントとしてのキャリアは、高校生時代の大きな挫折から始まりました。

「もうどうなってもいいや…」
そんなどん底からスタートした、【崖っぷち留学】。

「留学コンサルタントの経歴」としては、とても胸を張ってお話できるようなものではありませんが、いま生徒さんと日々向き合い、一緒に歩んでいる私「木村祉晶」という人間を 少しでも身近に感じていただけたらうれしいです♪



私がカナダの地を踏んだのは、17歳。 不登校、引きこもり、留年の末の渡航でした。

16歳の春、私はある進学高校に入学しました。さすがに厳しい進学校だけあって、毎日がテスト、テストの繰り返し! でも、友達と放課後におやつを食べながら 数学の問題を解いたり、他愛もないおしゃべりをしたり、ごくふつうの「かわいい」←ここ重要 高校生としては、楽しい毎日でした。

でも、どうしても耐えられなかったことがあったのです。

それは、尋常ではなく厳しい校則でした。生活指導の教師が、校則違反の 男子生徒を引きずり回し暴行を加えるという見せしめを頻繁に目にし、人権も人格も無視されたような環境で、監視されながら学校にいることが、どうしてもできませんでした。

1年生の冬になって、私はついに学校に行かなくなりました。

それからというもの、私は毎日部屋にこもって、考え続けました。

これから私はどうなってしまうんだろう。
もう、どうでもいいや…
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家から一歩も出ないまま、数ヶ月が過ぎたころ。少し気分を変えようと、遠くに住む親戚の家にしばらく滞在し、そこで英会話教室に通いはじめました。

先生はオーストラリア出身で、世界中を旅したいと言っていました。

ある日、レッスンのあと先生とカフェでお茶を飲んでいたときのこと。 私は学校に行けなくなったこと、将来への不安、いろんなことを話しました。

私のつたない英語をウンウンと聞いてくれたあと、先生は、私のノートに小さな ”マル” をひとつ書いて、こう言ったのです。





そして先生は、小さなマルの横にseedと書いてくれました。

私はその言葉を今もはっきり覚えています。
どこでだって、芽を出すことができるんだ…。



私は、すぐに留学の情報を集めはじめました。米語に親しんでいたので、留学先はアメリカかカナダと決めていましたが、調べるうち、アメリカとカナダの違いが分かってきました。

どちらの国も移民で成り立っていますが、アメリカでは移民は「アメリカ人」になることを求められます。さまざまな文化的背景を持つ人々が、つぼのなかでかき回され、一人の「アメリカ人」が出来上がる、 まさに人種のるつぼ(melting pot)社会です。

いっぽうカナダでは、移民それぞれが独自の文化をもって暮らしています。持ち込んだ文化が当然に認められて共存し、決して一つに混ざり合わない社会。カナダが「モザイク」と呼ばれるゆえんです。

個性を個性として認める国。何よりも強く惹かれた環境でした。



さて9月になり、カナダの公立高校に入学。

日本の高校にはもう戻らない、何が何でもここで卒業しなければ、という大きな大きなプレッシャーを抱えた、

まさに 「崖っぷち留学」 でした。

ここはさすが移民の国カナダ。
英語ができなかろうが、 全く特別扱いなどされない中で始まった高校生活は、毎日が戦いです。

言葉の壁、気の遠くなるような英語のシャワー、ホームシック、友人との別れなど、辛いことは数知れず経験しました。

ささいな誤解から、ホストマザーに"liar(うそつき)"と言われ、大泣きしたこともありました。

英語(国語)の授業で、ある本を 一冊読んできなさいという宿題があり、徹夜したこともありました。

化学の授業がどうしても理解できず、当時理系の大学生だったホストブラザーに毎日厳しい特訓を受け、ようやく単位を取ったこと。

友達のけんかに巻き込まれ、英語がうまく通じず、警察を呼ばれたことも(笑)

でも、若干17,18才だった私の中には、常に

「何があっても、いま私はこの家族のお世話になっているんだ」
「カナダに出してくれた両親に心配をかけてはいけない」
「今ここでがんばらなければ、日本に帰って先に進めないんだ」

という気持ちがありました。

何があっても、日本の家族への手紙には、良いことしか書かず、

「思い通りにならないことはたくさんある」
「自己主張しなければ欲しいものは得られない」
「良くも悪くも自分次第」

ということを知らず知らずのうちに学びながら、無心に走り続け、2年後には、カナダ人クラスメイトと同等に渡り合っている自分がいました。



カナダの高校3年生(12年生)に進級すると、他校の日本人留学生が 私のところに頻繁にトラブル相談にやってくるようになりました。

ホストファミリーとトラブルのあった留学生から相談を受け、現地のカナダ人コーディネーターに 事情を説明して、ホストファミリーの変更を依頼し、一方で自分のホストマザーと掛け合って、新しいファミリーが 見つかるまで うちで彼女をステイさせてもらえるようにしたり。

自分より5歳以上も年上のワーキングホリデーメーカーさんに アルバイト先を手配したり。

高校生の分際で、今の仕事と変わらないことをしていたんですね(笑)



そんな多くのトラブルを目にするなかで私が気づいたことは、小さな問題すら乗り越えられない留学生には

【感謝】 と 【自立】 と 【目的】

の意識が欠けているということでした。

不満ばかり言い、ホストファミリーを何度も変えたある留学生は、どのホストマザーのことも「ババァ」と呼んで嫌っていました。

「日本じゃ考えられない」「日本のほうが優れている」 すべてを日本のものさしで測り、ノイローゼになった留学生。

環境に溶け込めないのは、 「誰も気を使ってくれないから」「誰もわかってくれないから」 と言い、けっして自分からは何も働きかけようとはしない留学生。

羽目をはずしすぎ、強制送還された留学生。

そして

1.留学生活を支える全ての人、特に両親やホストファミリーに 感謝すること

2.自立し、人や環境のせいにしないこと

3.自分が何のためにカナダにいるのかを意識すること

こそが、苦境を克服し、宝物を見つけ出す力になることを学んだのです。



祉晶という小さな種が芽を出す土壌を与えてくれたカナダ。

真剣に芽を出したい人が、カナダで立派に芽を吹き苗となって、日本のみならず、この広い地球上で大輪の花を咲かせる手助けをしたい。

また、これからカナダへ宝探しの旅に出る方へ、私がカナダで学んだことを伝え、支えていきたい。

その思いで、日々生徒さんと向き合っています。



登校拒否、引きこもり、二度の留年、高校中退と、これだけの経験をしてきた私だからこそ、

あなたが留学にかける夢や目標も
留学前の不安も
留学中の辛さや楽しさも

本当に自分のことのように、あなたと分かち合うことができると思うのです。

そして、留学前や留学中より、留学を終えてからの人生のほうがよほど長い。 そんな肝心の「留学後」も、プロのキャリアコンサルタントとして、あなたが「あなたらしくステキな大人の社会人」として輝き続けられるよう、見守りたいと思っています。

あなたの思い描く将来像について、ぜひ聞かせてください。そこへ到達する道のりで、迷われたことがあれば、何でも相談してください。

あなたが目指す「自分らしく輝くあなた自身」への記念すべき第一歩。そのお手伝いができれば、とても嬉しく思います。



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カナダ留学コンサルタント
木村 祉晶

NPO留学協会認定 RCA海外留学アドバイザー
米国CCE Inc. 認定 GCDFキャリアコンサルタント


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